1月2日(木)沙織とジョビーは時代を超えて双璧だ~~
あわただしく過ぎつつある
年末から正月にかけて・・
我が家でゆっくりするつもり
だったが””待ってるよ~””と
テックスが入り・・のこのこ
出かけた・年越しの夜
敬老会ではありません
正月の雰囲気をあまり感じない
我が家・・デブ婦人の姉が
ルソンのタルラックから
56歳遠路はるばる一人旅
座ってるとわからないけど
立って歩くといきなり年寄り
大きながにまたスタイルで
身体を左右に傾けながら
やっとこさ~と歩いている
4年ほど前までは普通だったのに
本人はなにも言わないので
敢えてこっちから聞かないけど
あの歩きかたは尋常じゃない
ハイスクールの先生をしていて
定年まで残り4年・無事
勤め上げられるのか心配だ
口先は至って達者なので
歩く姿と座った姿のギャップが
凄すぎる・なんの病気なんだろう
自分の身体なのに心配してる
様子が微塵も感じられない
2~3年したら歩行困難に
なりそうな状態を想像するが
というより今が歩行困難・・
本人は気にしてる様子もなく
なんだべ~~~~~~~!
そして今日正月2日目
打ち初めにトリオザ爺サンズ
正月早々乱れうち~~~
ロキソ二ン貼るのを忘れて
腰がイデデデデデ~~~!
それを見た広島のお隆さん
””これを塗れば・・””
と親切に貸してくれた
塗り薬を腰に当てごしごし
痛いだけでちっとも気持ち
良くない・・””なんだべ~””と
良く見たらエアーサロンパス
噴射式・塗れって云うから素直に
塗った波際爺どうやらボケが
激しくなってきた令和二年
””ボクが成人するまでボケないで~””
<ザ・コミックス放浪記>
父親の死で田舎のタガイタイへ
急きょ帰国した沙織から・・
4日目の夕方再び電話があった
””3日後の2時20分発の
フイリピン航空で戻ります
すいませんでしたいろいろと””
””急がなくていいよ・・・
ゆっくりしておいで~””
そう云ったら””明後日
埋葬するので心配ないです
お母さんには当分の間の
生活費も渡してあるので・・””
””お母さんや弟たち
淋しがってないか~?””
””隣・近所は人人人が溢れてる
ので食べ物さえあれば
みんな幸せなのです・・・””
””貧乏人の子沢山て云うからなあ””
””うふふ~生活費さえあれば
田舎は天国なんです毎日が
お祭りみたいに賑やかで・・””
””そうかそうか~日本は
静かで淋しいもんなあ~
もし日にちが変わったら
連絡しなさい・・成田へは
店長が迎えに行くから・・””
””ハイ・・わかりました
ありがとうございます””
沙織は律儀で日本人以上に
約束も時間も守るフイリピーナ
おそらく100万人に一人
いるかいないかの優れもの
1週間で日本へ戻りますと
云ってたけれど本当に
1週間とは驚いてしまった・・
沙織の給料はアゴ、アシ、
住まいつきで10万円
ドリンクのコミッションや
チップなどを入れて1ヶ月
30万円ぐらいは稼いでいた
当時タガイタイの田舎では
1ヶ月・5万円あれば
家族が充分暮らしていける
額だったのでそれを目安に
仕送りをしていた沙織・・・
タガイタイは高原の町で
冬はかなり冷え込む場所
バギオほどではないけれど
日本人にも暮らしやすい
ところで、それから
10年後セブにしようか
タガイタイに住もうか
悩んだこともあったが
マニラ市内及び近郊も
渋滞が酷くなり・・・
最終的にセブに住むことを
決めたケン棒・タガイタイは
沙織の影響だったかも知れない
あれから35年の歳月が流れ
沙織とそっくりな性格が
現在まで25年間娘たちの
子守や家事の手伝いをしながら
大学を卒業・・居酒屋をしてた
時もレジ係・・様々こなし
今もチロリン村を切り盛り
してるジョビー誠実、真面目
どれをとっても沙織と双璧
ケン忘にとって奇跡の人
こんなフイリピーナは
二度とお目にかかれない
と・・・思っている・・
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ありがとう・・ありがとう・・ありがとう・・!!
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