ザ・コミックス@セブ

元お笑い芸人(ザ・コミックス)リーダーのセブ島リロアン、旅の宿チロリン宿と波際食堂の独り言。

9月4日(金)独り言

昨日同郷のKONさんと対面したく・・
神楽へ出かける予定をしていたが


娘の帰宅が遅くなり・・車一台しかない
現在出そびれてしまった。


ブログを早めに投稿し準備万端整えて
待つこと2時間半・・・ついに明らめの心境


佐川満男を思い出した・・およそ50年前


あきらめましょうと~別れてみたが~
なんで忘りょう~忘らりょうか~


命を賭けた~恋だもの~
燃えて身を焼く~恋心~


確か小指の想い出の伊藤ゆかりと結婚し
やがて別れたと聞く・・・今頃何処でどうして


いるのやら・・・ふと頭をかすめた~~~
諸行無常や色即是空・・やたら近頃心に迫る。


少なくとも70~80過ぎなければ中々・・・
感じることもなさそうだが・・・


釈迦は36歳にして全てを悟ってしまった。
やはり特別な能力を持った偉大な人だったのだろう!


釈迦は生まれてすぐスックと立ち上がり・・・
””天上天下唯我独尊””と宣言したらしいが・・・


事の真実はさて置きそれほど・・・偉大で
神秘的な大聖人だったという事!


此処フイリピン何か問題が起きると、途方もなく
時間がかかり””待つ””事がやたら多い!


ただ待ってるだけでは事と次第によっては
命に関わることもある・・・その辺微妙な
阿吽の呼吸で生きるテクニックも必要になる。


実にこの国生きてく事は大変だ・・・
まさしく生きる即修行そのもの!


深く考えなければ大変楽しい国だけど(笑)


人は誕生と共に死を宣告された生き者・・・
死亡年月・・・時刻・・は知らされていないが


いつかは死ぬと認識しつつ~しかし他人事のように
思いつつ20~30~40~50代を笑い・・泣き・・


喜び・・悲しみ・・人生を生き抜き60歳を過ぎた頃から
死が刻々と現実味を帯びてくる・・・・・・・・・・・・・・


多くの知人友人の死を見・・聞き・・送りつつ・・
次は誰の番なのだろうと・・あたりを見渡す・・・


自分自身をすっかり忘れて・・・(笑)


人間にとって死とは本能的に恐ろしく嫌なものだ。
最終的に死からは逃れられぬ存在と知りながら・・・


キリスト教で言うところの原罪とはこの事を
言うのであろう・・・すべてはアダムとイブが


禁断の木の実を食してから・・・・・・・・・・・・・・・
アダムとイブはとんでもねえ奴らだ・・・(笑)


しかしその恐ろしい死も健康な人間に対してであって
生きてることが心底苦痛な人にとって・・・


死は楽園に変わり得ることもある・・・・・・
私はおよそ40年ほど前・・ある事件に巻き込まれ


小腸4箇所大腸一箇所腎臓一箇所串刺しになり
腸が腹から飛び出し・・土曜から日曜にかかる


深夜だったため・・受け入れ救急病院が決定
するまで・・腹から臓物出しながら4時間かかり


ようやく手術開始となったその間冷たい点滴血管
に入れつつ・・腹から暖かい血が流れ出していく・・・


痛さよりも寒さのほうが辛く・・真冬に吹雪の中へ
裸で放り出された感覚・・毛布やカイロなど・・


なんの役にも立たずただわなわな震えるだけだった。
そんな時午前3時の手術室、早く麻酔をかけてくれ


と・・怒鳴るが・・・声が出ない・・だすと腹に力が
入りニュルニュルと臓物が表に出てくる・・・


すると一人の若い医師が顔にガーゼを
かぶせた・・それっきり私は苦界からひと時の天国へ


旅立った~~天国に時空はない・・・苦痛もない・・・
脳神経があの世とこの世をさまよってる時~~


遠くの方から名前を呼ぶ声が聞こえる・・・そして
時間と共にこの世の意識に戻ったが、身体中~


管だらけ呼吸をするのも苦しく地獄の再現・・・
3日間が最悪の地獄だった・・・そんな経験から


苦しい生なら死のほうがましかなとも思うようになった。
人間は実際のところ死が恐ろしいのではなく・・


死を考えたり苦しみが恐ろしいのだ。
世界的な議論になってる安楽死問題・・・


私個人としては安楽死・・尊厳死・・に賛成である。
人生の最後に苦しみ行く人を見るのは忍びない!


最後に聖路加国際病院・・元院長日野原重明先生の
言葉を・・・””生きるという事は成熟に向かって


努力することであり、死によって平和な永遠の
眠りを与えられる・・・””100歳を超えて現役中凄い!


ありがとう・・・ありがとう・・・ありがとう・・・!!!