2月11日(日)花の命は短くて
きれいで穏やかな海景色が
朝まで続き・・これなら今日も
素敵な波際~と思ったとたん
9時を過ぎたあたりから
乱れた雲と強い風・・・
風雲急を告げることもないのに
ひゅーん・・窓辺をゆする
可愛げのないお邪魔風・・・
””なぜ今鯉のぼり?””
””テオンの友達だって・・・・・・・・””
めまぐるしく変る南国の気候
冬から春を一気に飛び越え
暑くまぶしい夏を迎える
今がちょうど季節の変わり目
年の頃なら16~7歳
反抗期とでも云ったらいいのか
予想がしにくい難しい時節
夕べはやたら涼しい夜だった
海辺の細道SISさんと
肩を並べて歩くかたわら
””涼しいねえ~~~””
””う~~ん寒いぐらい””
ささやきながら部屋に戻った私たち
60代と70代・・・
青春の会話を交わしつつ
日曜日の午後1時
OKMさん、SISさん、真理、
マッサージのアイリン
5人がかりでパークプレーン
ホテルに宿泊中のしげさんを
急襲・・近所に新しく去年開店
したばかりの台湾しゃぶしゃぶ
に招待うけて・・図々しくも
食いきれないほどの料理を
ご馳走になり腹はパンパン・・
リロアンまでの帰り道2~3度
居眠り運転しそうになった・・
自働運転の車が思わず
頭に浮かんだけれど
まだまだ・・先のこと・・・
半年ぐらいはかかるだろう
しげさん・・いつもありがとう。
去年手術したばかりなのに・・・
老いた身体・・お大事に
同い年だったっけ・・ゴミン!
土曜日の夕方いつもの散歩
あまりにきれいなサンセット
4連写してしまった~~~
””427年後わたしの住まい西方浄土””
<ザ・コミックス放浪記>
ストリップ劇場から芝居小屋に
なった・・・本当なら
天にも昇るほど嬉しいはずだけど
不思議なことにそんな気持ちが
起きるどころか反対に
不安ばかりが募ってくる・・
中国人の社長は個人的に
軽演劇が大好きで
趣味が高じて芝居小屋に
なったようだ・・清張先生も
脚本・・演出・・本格的な経験は
ないらしく前支配人で脚本演出家の
HKI先生が心配して・・・
稽古期間中ずっとアドバイスを
続けていた・・お世話になった
兄さんたちは全員いなくなり
姉さんたちもちりじりばらばら
少年の心もちりじりばらばら・・
新しい劇団員の男女も
少年のレベルと大差なく
稽古風景を見ていたHKI先生
度々失笑していた・・・
ますます募る不安な気持ち
清張先生真面目な新劇
あがり・・軽演劇は初めてらしい
笑いのない喜劇は
悲劇とも惨劇とも云える・・
清張先生笑いの場面を
演出するけどそのたびに
HKI先生右手で口を押さえ
失笑している・・・
そんな雰囲気を見ていた社長も
さすが不安になったのか・・
急きょHKI先生に頼み
古いストリップ嬢三人呼び戻し
新人踊り子二人採用・・・
前と同じストリップと芝居を
併用することに・・・
新開演する一週間前のこと
そしてお笑い経験のある
ベテラン役者一人が手伝いと
云う形で劇団獏に参加してくれて
なんとか格好がついたけど
初日は隙間風がいたるところに
吹きまくり・・終演後徹夜稽古と
なり二日目を迎えた
台本演出通りになんとか
舞台は終わった・・だけど
以前にも増して活気のなくなった
内外劇場の楽屋・・客席・・
美しく白いしらけ鳥が
飛び回る日々は続き
中国人の社長もついに
腹を決め2ヵ月後全面閉館と
云うことになり・・劇団獏は
あっという間に解散の憂き目
””無芸の命は短くて
苦しき事のみ多かりき””
無職のHKI先生貧乏なのは
わかってたけど生活をどうして
いるのか不思議だった
けれど知り合いは多く顔も広い
少年に心配しなくていいよ
何処か紹介してあげるから・・・・
そんなある日なにを思ったのか
ストリップ嬢のARS姉さんが
食事に誘ってくれて嬉しかった・・・
先生と仲が良く特別な関係だったかも
HKI先生が紹介してくれたのは
夜のキャバレー業界では
売れっ子のコミックチーム・・
夜のキャバレー・・好きでは
なかったけれど・・自分の好きな
修行場が見つかるまで我慢しようと
決意する17歳になったばかりの
少年・・全財産を詰め込んだ
安バッグひとつを担ぎ・・
新宿から京王線に乗り
住み込み食事つき給料八千円
コミックチームの家がある
桜上水駅に着いた時
ポケットには三百円と十円玉が
2~3個入っていた・・・・・・・
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