ザ・コミックス@セブ

元お笑い芸人(ザ・コミックス)リーダーのセブ島リロアン、旅の宿チロリン宿と波際食堂の独り言。

3月24日(土)田舎街から熊本へ


金曜日の昼頃から下腹部に

張りを感じ胃腸が不調になっている

持病・・腸閉塞の初期症状

アルコールをストップ

昼食抜き・・夕食にホットソーメン

一日中活動、運動しなかったので

快眠を得られず中途半端な

気絶状態・・目覚めの気分はダミー!

青春の脳みそが

まるで73歳のようだ・・・

今朝の波際もなにが

面白くないのか知らないが



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強風が吹き荒れ波際の

コンディションはダミ~~~!



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3~4日続いてる強風の奴

せっかく夏が来てきれいな

海が見られると思ってたのに



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数日前に雪が降った日本の

天気と関係あるのだろうか・・・

互いに距離も近い海洋国同士

自然界の影響が

あって当然な気もする

海底火山も台風も

日本とフイリピン固い絆で

結ばれている・・・・・・

できる事ならこの絆

断ち切ってもらいたいものだ

もし可能なら尖閣諸島の

手前から海底火山も台風も

大きく左折・・海南島

上海方面に舵を切り

じわりじわりと地穀変動

進軍する様をこの目が

黒いうちにしっかり

確認しておきたい・・・

徐州徐州と~人馬は進む~

徐州居よいか~住みよいか~

洒落た文句に~振りかえりゃ~

お国訛りの~おけさ節~

ヒゲが微笑む~麦畑~

突然ですが軍歌を思い出し

歌ってしまった・・徐州って

中国の何処にあるかも

知らぬのに・・・・・

わたしは中国満州生まれの

引揚者・・満州の思い出は

無くもちろん引き上げ船の

思い出もない一歩間違ってたら

中国残留孤児として

日本より悲惨な人生を

送った可能性が高い・・・

命からがら逃げ延びた

引き上げ船だったけど

食料も無く栄養失調の母親たちは

乳飲み子に飲ます乳も出ず

泣く泣く船上から乳飲み子を

海に捨てた人も多かったと言う

わたしは捨てられないだけ

幸せだったのかも知れない・・・

玄界灘の荒波を越えやっとの

おもいで秋田にたどり着いた

母は疲労が重なり間もなく

あの世へ旅立ったと

ずーっと後になって聞かされた

戸籍謄本を見ると長男ではなく

男としか載ってない母親の


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名前も中田ではなく篠原シズと

書いてある・・いろいろあった

のだろうけど籍が入っていず

書類上わたしは私生児・・

ずーっと長男だと思っていたが

末っ子だったYNRが長男

28歳の時初めて気が付き

少しショックを受けたこともある

戦争で忙しかったのだろう・・・


       <ザ・コミックス放浪記>


文無し少年辿りついた田舎街

博多のちょっと手前の駅だった

数えるほどしかない飲み屋を


ギター抱えて回ってみたら

田舎で流しが珍しかったらしく

外れが一軒もない・・全部の

お店で少年を歓待してくれた

旅館へ帰りポケットから

お金を出して数えたら

4千円近かった、千円札は

一枚で残りは全部百円札

ズボンのポケットでくしゃくしゃに

なってたお金のシワを伸ばし

アイロン代わりに布団の下へ

敷いて明日からどうしようと

考えを巡らす少年・・・・・・

頭に浮かんだのは一年前

熊本のキャバレーショーで

宿に泊まったときの思いでが

ある熊本へ心は向いていた

恋文を出してすげなく

断られたおばさんがいる・・・

今更なんの関係もないのだけど

そんな思い出の人がいる・・・

それだけで親しみを感じた熊本

熱く優しく東京の人を迎えて

くれた・・此処田舎街

たった一晩だけで離れるのは

申し訳ないと悩んだけど・・

縄張り事務所はとなり町

旅の帰り道にまた寄らせて

もらえばいいか~~?

と・・勝手に解釈~~

気持ちはすぐ熊本に

決まってしまった・・・

たとえおばさんに逢えなくても

おばさんが住んでる街と

云うだけで少年は心強かった

あくる朝・・旅館のおばさんに

旅の帰りに寄れたら

また寄りますと挨拶して

熊本行きの列車に飛び乗った

もしかしておばさんに逢えたら

少しは大人になった姿を

見せたいとも密かに思う少年・・・

MYKのバカヤロ~~~~~~!

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ありがとう・・ありがとう・・ありがとう・・!!!

チロリン宿もよろしくお願いいたします。

メールアドレスliloan_namigiwa@yahoo.co.jp

電話+63-920-903-9837なかだ・・・