5月23日(木)ケン棒いよいよ断食開始
このところのセブ地方・・・
雲が多くすっきりしない
お天気模様が続いている
今日も全面的な曇り空
どうやらセブの真夏も
最終局面に突入したようだ
乾季と雨季の狭間に
複雑な空模様が
展開する毎日・・・・・・
今後少しは夏のカン照りも
あるだろうけど雨季の足音が
ひしひしと忍び寄るのを
肌で感じる波際の仙人・・
雨季と言っても
毎日じとじと雨が
降るわけじゃない・・
降ってもさっと止むケースが
ほとんど・あっさりしていて
実に爽やか青春の雨
昔の舟木一夫みたい
赤い夕日が~校舎を染めて~
ニレの木陰に~弾む声~
ああ~~~高校三年生~
僕ら離れ離れに~なろうとも~
クラス仲間は~いつまでも~
わだすは霊山村立中学校も
まともに通えなかったので
高校生活の経験はない
クラス50数名のうち
高校進学はほんのわずか・・
わだすにとって高校進学は
まるで宇宙へ行くような
遠い夢の出来事だった
大多数のクラス仲間は
エリートコースの
集団就職・・ゆっくり走る
東北本線福島駅の
ホームで見送る
貧乏家族が涙を流したり
ちょっとした出征兵士を
見送るようでもあった・・
各駅停車の鈍行列車に
揺さぶられ7時間余り
花の東京上野駅に到着
夢と希望と不安の大都会
ハア~おらが~東京サ来る時に~
故郷のおっかの~言う事にゃ~
東京って言うとか~スタコイとこだで~
あっちさ行ったら~気をつけろ~
””電車っこさ乗るにもボヤボヤこいでで
ドアッコの間っこさはさまるな
骨っこはポキリで体はペチャンコ
それだばおめえはパアだべしゃ””
セガレやセガレや~わかったな~
城卓矢に改名する前・・
菊池正夫で大ヒット
スタコイ東京・・昭和35年
つい・・昨日のようだべした・・・
腸閉塞にならぬよう・・
夕方自然界のジムへ
車でひとっ走り9ホールス
歩いて・・走って・・打った・・
1時間10分の贅沢な時間
これ以上ない最高の汗!
未だやれる~気持ちだけは
井上尚弥~~~笑
日も暮れ掛かった
ダナオの山々~~
霧に咽ぶダナオの海
カラスが鳴くから帰りましょうと
無料のエクササイスコースを
後にする仲良し家族・・・
<ザ・コミックス放浪記>
いよいよ始まる関東断食道場は
小田原市内から山へ向かい
小高い山の中腹にあり・・
周りは畑が少々・・ほとんど
雑木林の中の一軒家・・・
入り口、外にはポンプの井戸が
で~んと鎮座・・戸を開けた
右が事務所になっていて
少し長細い作りの奥に
3~4部屋がありケン棒は
手前の6人部屋だったけど
その時は3人だった・・・
道場の先生に掟を丁寧に
説明され道場の食べ物
以外は勝手に食うべからず
が主で時間があれば
瞑想三昧が決まりだった
道場には男女合わせて
20名ぐらいだったと思う・・
男だけかと思っていたら
むしろ女性の方が
多かったのは驚きだった
目的は禁煙したい人・・
失恋で落ち込む女性
禁酒希望・対人関係の悩み
ダイエット・仕事、病弱、
家族関係、その他
多種多様な悩みの
人たちでいっぱい・・・
職業も会社員、自営業、
看護婦、学校の先生、
公務員・・等々様々
15日間の断食と言っても
いきなり開始する訳ではない
期間は5日・5日・5日・の
3回に分けられ・・・
最初の5日間を補食期間
と言って一日3食を
徐々に減らして行き
4日目には米が数粒
混じるだけのおもゆになり
最後の5日目は
米粒もなくなり・・暖かい
米のとぎ汁みたいになって
6日目からが本断食となる
この期間内は入り口の
外にある井戸水を
飲み放題・おかわり自由
そして一切の食物を
口にしてはいけない・・・
と・・云われても
道場内にも外にも
食い物らしきものは
見当たらないから
食うにも食えない
補食期間中・・食前に
手を合わせ軽い祈り・・
(神よりたまわりたまいし
命の糧なる事を謹みて
感謝いたします・・・)
(天地生物一切の
恩恵みなることを
謹みて感謝いたします)
””いただきます””
と言って米のとぎ汁を
いただくのだった・・・
5日間の本断食の期間中
なにも食わないけれど
一日2千円は変わらず・・
水の飲み放題だけはある
明日へ続く断食道場
セブ島情報ポチリとお願いできますか?
ありがとう・ありがとう・ありがとう・
チロリン宿・チロリン村・
よろしくお願いいたします。
メールアドレスliloan_namigiwa@yahoo.co.jp
電話+63-920-903-9837なかだ