12月11日(水)腰が重たい夜だった
今日も青空が広がるリロアン
セブ市内の喧騒が嘘のような
チロリン村波際の静けさ・・
まるで違う国にいるようだ
今では気軽に市内へ
出ていく事も億劫なほど
想像を絶する渋滞は
経済的にも莫大な損害だろう
公共の交通・インフラも
旧態依然として変わらず
変えようとしないのか
私利私欲に忙しく手が
まわらないのか・それとも
脳みその程度が高すぎて
バランスが取れないなんて
言う事は考えられないし・・
民族の違いと言ってしまえば
ハイ~それまでヨ~~~
なにか疑問点を突っ込まれると
フイリピンスタ~~~イル
究極の答えはこれに尽きる
植民地時代の習性から
抜け出せないのかそれとも
民族性?選挙の投票に
キャッシュを受け取るのが
当たり前では政治家や
金持ちに抵抗できる
はずもなく言葉は悪いが
エサで飼いならされてる
犬やネコを想像してしまう
エサのキャッシュに弱いのは
上から下々にいたるまで
すべての階層に徹底している
まるで爺と若い女の間柄
金の切れ目が縁の切れ目
実にわかり易いお国柄・・
大昔貧しかった日本にも
金にまつわる話も多々あった
芸者のお蔦を身請けした
主税(ちから)に別れの
言葉を言われたとき・・
お蔦の返答・・・・・・
””別れろ切れろは芸者の時に
言う言葉今のわたしにゃ
死ねと言って欲しかった””
♪湯島通れば~♪思い出す~♪
♪お蔦主税の~♪心意気~♪
♪知るや白梅~♪玉垣に~♪
♪残る二人の~♪影法師~♪
知ってる人もほとんど
いなくなっただろう・・
湯島の白梅という流行歌
フイリピン娘の身請けも
嫌というほど見てきたが
あの当時日本の身請けは
金だけじゃなく情緒があり
情愛もからみ人生を
感じさせる悲哀がある
だから物語にも成り得るが
現在は日本もフイリピンも
金がすべてに成り果て
味も素っ気もなくなった。
極端な資本主義の行き過ぎは
人間性を貧しくさせる
金がすべてではないしかし
生活に必要な大事なもの
金には善も悪も罪もない
それを利用する人間自身に
善悪罪が潜んでいる
善の亡者は道を外し
金の亡者も道を外す
権力・暴力・宗教・思想
すべての亡者は踏み外す
今宵のお月様が語っていた
遠近両用カメラキャノン優れもの笑
脊柱管狭窄症は今のところ
我慢できない痛みでは
ないけれど長時間PCの前に
座りっぱなしはかなり
神経に影響がでてしんどい
ゴルフをしてる時はさほど
痛みも感じないけれど
朝起きるときが重く痛い
固いマットレスだけど
脊柱管に影響あるのだろうか
今日木曜日も悪友から
ゴルフの誘いがあり
出かけるけど腰に負担が
かからぬよう変態スイング
を研究して試みているが
いつまでできるか心配だ
欲は言わずに150歳まで
できればありがたいと思ってる
そんなわけで先ほど一休み
してうつらうつら腰を
かがめてしばし失神・・
時間がなくなりコミックスは
休書と言う事でご勘弁を・・
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ありがとう・・ありがとう・・ありがとう・・!!